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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)1196号 判決

原告

芦田商事株式会社

被告

進藤重直

主文

被告は原告に対し、金七十五万三千百七円と、これに対する昭和三十二年三月二十一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一、被告は昭和二十六年二月頃から原告会社に雇傭され、原告会社の庶務会計事務に従事し、昭和二十七年四月二十日原告会社の取締役選任され、従前と同種事務及び原告会社代表取締役不在中は、同代表取締役に代つて、原告会社の銀行予金通帳、現金、有価証券、代表取締役の印鑑等を保管する業務に従事していた。

二、従るに被告は、

(一)  昭和二十九年十二月頃から昭和三十一年八月三十一日までの間、原告会社の取引先である株式会社山口文洋堂から商取引代金の決済資金として原告会社のため受取り保管中の金員のうち金二十三万三千百七円を費消横領し、

(二)  原告会社代表取締役の指図なくしては原告会社の預金の払戻しを受ける権限がないのに。

(イ)、昭和三十一年八月三十一日、(ロ)、同年九月二十九日の二回に亘り原告会社のため保管中の預金者原告会社、預金先株式会社富士銀行九段支店、通帳番号第五八七四号の普通預金通帳及び代表取締役の印鑑を冒用し、右預金中から十万円ずつ計二十万円の払戻しを受け、

(ハ)、昭和三十一年十月二十日原告会社のため保管中の預金者原告会社、預金先株式会社第一銀行神保町支店、通帳番号第六二〇八号の普通預金通帳及び代表取締役の印鑑を冒用し、右預金中から十五万円の払戻しを受け

て、それぞれ費消し、

(三)  更に被告は原告会社代表取締役名義で手形を振出す権限がないのに、その保管中の原告会社のゴム印、代表取締役の印鑑等を無断使用して、

(イ)、昭和三十一年八月二十日頃

金額       二十三万円

満期       昭和三十一年十一月二十日

支払地及び振出地 東京都千代田区

支払場所     株式会社富士銀行九段支店

振出日      昭和三十一年八月二十日

振出人      原告会社

受取人      エシア通商株式会社

(ロ)、昭和三十一年八月三十一日頃

金額       十万円

満期       昭和三十一年十一月十四日

支払地及び振出地 東京都千代田区

支払場所     株式会社第一銀行神保町支店

振出日      昭和三十一年八月三十一日

振出人      原告会社

受取人      稲着製作所稲着徳市

(ハ)、昭和三十一年九月一日頃

金額       七万円

満期       昭和三十一年十一月二十日

支払地及び振出地 東京都千代田区

支払場所     株式会社富士銀行九段支店

振出日      昭和三十一年九月一日

振出人      原告会社

受取人      稲着製作所稲着徳市

なる約束手形三通を偽造して、各受取人に交付したので、原告会社は各手形所持人に対する責任上已むを得ず満期に各手形金を支払つた。

原告会社は、以上に述べた被告の不法行為により合計九十八万三千百七円の損害を受けた。

三、その後(イ)の手形についてはエシア通商株式会社から金十八万円、(ロ)の手形については稲着徳市から五万円の弁済を受けたので原告の損害は金七十五万三千百七円となつた。

よつて原告は被告に対し右七十五万三千百七円と、これに対する本訴状が被告に送達された日の翌日である昭和三十二年三月二十一日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

以上のとおり述べ、原告会社代表者本人尋問の結果を援用した。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、「原告主張の請求原因事実のうち一、の事実、二、の(一)の金員を費消した事実、二、の(二)の(イ)ないし(ハ)の預金を引出して費消した各事実、二、の(三)の(イ)ないし(ハ)の手形作成交付の各事実及び三、の原告会社が訴外人から各金員を受領した事実はすべてこれを認めるが、被告にその職務権限がなかつた。との事実は否認する被告は、原告会社から、原告会社の預金の払戻を受けたり原告会社のため手形を振出す権限を与えられていたものであつて原告が被告の不法行為であるとする各金員の費消や手形の振出行為はすべて、被告が原告会社のためにしたものである。従つて被告は不法行為に基く損害賠償義務はない。もつとも、これらはすべて原告会社の承認を受けるに至つていない。」と述べ、被告本人尋問の結果を援用した。

理由

被告が昭和二十六年二月頃から原告会社に雇われ、原告会社の庶務及び会計事務に従事し、昭和二十七年四月二十日原告会社の取締役に選任せられ、ひきつづき同種の事務及び原告会社の代表取締役不在中は同人に代つて原告会社の銀行預金通帳、現金、有価証券、代表取締役の印鑑等を保管する業務に従事していたことは当事者間に争いがない。

被告が右期間中に、原告主張の二、の(一)のとおり原告会社に帰属する金二十三万三千百七円を費消した事実、二、の(二)の(イ)ないし(ハ)のとおり原告会社の銀行預金を十万円づつ二回十五万円一回の三回にわたり払戻しを受けて費消した事実、二、の(三)の(イ)ないし(ハ)のとおり原告会社代表取締役名義の約束手形三通を作成しエシア通商株式会社及び稲着徳市に交付した事実、並びに原告会社が右訴外人から合計金二十三万円の金員を受領した事実は、いずれも当事者間に争いがなく、原告会社が二、の(三)の(イ)ないし(ハ)の各手形金合計四十万円を支払つた事実は、被告が明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

原告会社代表者本人及び被告本人尋問の結果を考え合せると、被告は、原告会社が支払義務ある手形の資金が不足する場合に会社の普通預金から引出して埋めるという特殊な場合のほかは、自己の判断によつて原告会社に帰属する金員を費消したり原告会社の普通預金の払戻しを受けて費消したりする権限をもたず、また自己の判断によつて原告会社代表取締役名義で手形を振出す権限をもたなかつたにかかわらず、前示の方法で自己のために前示金員の費消、普通預金の払戻し、約手の振出等をした事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。しかも、これについて原告会社の承認を得るに至らなかつたことは被告の自認するところである。

してみると、被告は原告会社に対し、不法行為によつて計九十八万三千百七円の損害を与えたが、原告会社はそのうち金二十三万円の補填を受けたことになる。したがつて、原告の被告に対する本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田武夫)

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